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田中の部屋
溝畑宏 観光庁長官の講演

先日、あのレディーガガとのキスで更に有名になった、観光庁長官の溝畑宏氏が、社会起業大学のオープンセミナーで講演をされた。http://socialvalue.jp/special19/index.html

一日一日を精一杯、悔いのないように生きる姿勢が素晴らしく、一言一言が魂に突き刺さる素晴らしい内容の講演だった。

毎日、朝起きた時に、一日の自分のできることやるべきことを定め、夜寝る前に一日の活動を評価する(毎日決算と表現されていた)。学生時代より、ずっと続けているそうだ。

自分が正しいと思ったことを信じ、人がなんと言おうと、その軸を貫き通す生き方は、私の心を深く打った。だからこそ、これまでの普通の人では考えられないくらいの、大きな偉業を成し遂げてきたのだと思う。

人を喜ばせたいという思いの強い溝畑さんは、大学卒業後、エンターテインメント業界やテレビ業界などに興味があったそうですが、ある人との運命的な出会いにより、日本の地方を元気にするために自治省に入省。

そして、配属になったのが、大分。別府温泉以外に魅力的なコンテンツのなかった大分を、いかにして盛り上げていくか、日々考え行動。日本だけでなく、世界からの視点で、大分の魅力を創り上げるかを考え、まず始めたのが、世界から留学生を受け入れる大学の設置。

3年間、70近くの大学に働きかけるも断られ続け、それでのあきらめずに大学をまわる中で、立命館との運命的な出会いがあり、立命館アジア太平洋大学が設立されることとなった。

いまや、立命館アジア太平洋大学は、80カ国からの留学生が集まる、国際的な大学になっている。http://socialvalue.jp/special19/index.html

そして、次にワールドカップの誘致に動き始める。ヨーロッパの小さな町が、ワールドカップの誘致により劇的に変化をした様をみて、世界からみても魅力的な街づくりをするためにワールドカップの誘致は欠かせないと考えたそうだ。

これについても、多くの非難や失敗を重ねる中で、見事実現。カメルーン代表と大分中津江村の皆さんとの交流は、多くの地方の方に感動と勇気をもたらしたのは、記憶に新しい。

このワールドカップの成功の次に始めたのが、プロサッカーチームの育成。草サッカーからのスタートではあったが、当時からJ1を目指したチームは、2003年にJ1へ、2008年にはナビスコカップに優勝と、こちらも見事に成功。

しかし、2009年にチームは低迷し、J2へ降格。経営も厳しくなったこともあり、溝畑さんは責任をとって辞任。この責任の取り方、潔さも、また人生を生き切っている人のすがすがしさを感じる。

そして、2010年1月に観光庁長官に就任。世界からの視点で、日本の各地の魅力を再発掘し、それぞれの地域の活性化を目指している溝畑さんは、日本の地方の魅力を高め、そして世界にアピールするべく、各地を飛び回っている。

震災後、日本の安心安全をアピールするための、レディーガガの来日歓待も記憶に新しい。レディーガガの勇気と行動に改めて感動するととにも、そのレディーガガと魂のレベルで通じあった溝畑さんも、本当にすごいとおもった。http://www.daily.co.jp/newsflash/2011/06/24/0004203277.shtml

今は、政治に対する批判が多いが、溝畑さんのような方が観光庁長官をやっているということは、日本の政治も捨てたもんではないと私は思う。

溝畑さんが先頭に立てば、きっと、これからの観光業界、そして日本がもっと明るくなる!

暗いニュースが多い中、一筋の明るい光が差した感があり、これからの日本が楽しみになってきた(^^)v

溝畑さんと一緒に

溝畑さんと一緒に


投稿日時: 2011 年 8 月 3 日 10:38 PM トラックバックURL

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